そういえば、少し前に反発を覚えた記事がこれ。
「ダラダラ長いからCD売れない」――丸山茂雄“47秒・着うた専用曲”の必要性を語る
はっきり言いまして、着うたを完璧な歌として聴いている人はいないと思いますが..。着うたは歌の一部を聞くこと、着信時に今流行のメロディが聞けることにファッション性があるのであって、これがCDより良いという結論にはならないと思うんですよ。
「ダラダラ長いからCD売れない」――丸山茂雄“47秒・着うた専用曲”の必要性を語る
はっきり言いまして、着うたを完璧な歌として聴いている人はいないと思いますが..。着うたは歌の一部を聞くこと、着信時に今流行のメロディが聞けることにファッション性があるのであって、これがCDより良いという結論にはならないと思うんですよ。
もちろん、キャッチーなサビの割に、取って付けたようなメロディがあることや、長すぎる曲があること自体は否定しませんが、「今の曲が売れないのは曲が長すぎるから」という結論にはならないんではないかと。そもそも、昔の曲はまともな終わり方をせずに、何となしにフェードアウトして行くものも結構あるわけで、1曲がバッチリ2分30秒以内に終わるのはレコードというフォーマットの都合というのがあったわけでしょう?(旧譜をいろいろ揃え始めましたが、明らかに終わるのが早すぎる曲があります)それと楽曲の内容を比較するのには理論と結論に大きな乖離があると思うんですね。
そんなことより、一番否定されるべきなのは、曲の量産をさせられ、粗製濫造になっている今の産業構造の現状にあると思います。今の新曲の発表のタイムスパンは明らかに短すぎます。少数の作家の割には多いとされていた90年代前半よりさらに短い現状は明らかに憂うべき事態です。
短いスパンで楽曲が作られるようになった大きな理由、それは何度もメディアに露出することによって知名度を上げ、ランク上位を何度もとることが目的化しているから、ということが挙げられます。良い曲だから、自然と売れて、結果としてランク上位になるのではなくなっているのです。それなのに、オリコン上位で騒ぐ人が多い。オリコン上位=良い曲という概念が染みついているのでしょう。それで、ランク上位だから買うという行動になって現れる。本当に良い作品か自分で見極めようとしないのです。実際問題として、週に20以上(実は50を超えて100近い?)も新商品が出るのを全て聴いている人はいませんからね。
これだけの人が歌手として、ミュージシャンとして世に出てくるのは、レコーディングに関わる費用が全般的に下がったこと、記録媒体への記録コストが下がったことが一番の理由でしょう。昔はレコーディングすること自体が高コストだったので、必然的にデビューできる人や作品数を絞っていたという事実もあります。なので、結果的に悪いモノは最初の段階でふるいに掛けられ、比較的良質なモノだけが日の目を見ることができる確率が高かったというのも事実の一部としてあります。ふるいに掛けるプロがいたので、思考停止状態でも比較的良質なモノが手に入ったのでしょうね。
今の時代、プロを育成せずに全て世に出して問うている時代になっています。会社の仕事だって、床屋のような専門職だってそうなんです。コンビニに並んでいる新商品だって、一度出しても短命で残らない商品がいかに多いことか。判断しなければいけないのは本来あるべきバイヤーではなくて、消費者になっているんですね。(バイヤーに能がないから百貨店の売り上げが落ちているのは周知の事実です)
業界の中に目利きの出来るプロが必要なのと同時に、我々消費者も、もう少し利口にならないと良い商品に巡り会えず、良い音楽にも巡り会えない、そんな時代なのかもしれません。売れない理由というよりは、限りなく買わない理由なんでしょうね。
そんなことより、一番否定されるべきなのは、曲の量産をさせられ、粗製濫造になっている今の産業構造の現状にあると思います。今の新曲の発表のタイムスパンは明らかに短すぎます。少数の作家の割には多いとされていた90年代前半よりさらに短い現状は明らかに憂うべき事態です。
短いスパンで楽曲が作られるようになった大きな理由、それは何度もメディアに露出することによって知名度を上げ、ランク上位を何度もとることが目的化しているから、ということが挙げられます。良い曲だから、自然と売れて、結果としてランク上位になるのではなくなっているのです。それなのに、オリコン上位で騒ぐ人が多い。オリコン上位=良い曲という概念が染みついているのでしょう。それで、ランク上位だから買うという行動になって現れる。本当に良い作品か自分で見極めようとしないのです。実際問題として、週に20以上(実は50を超えて100近い?)も新商品が出るのを全て聴いている人はいませんからね。
これだけの人が歌手として、ミュージシャンとして世に出てくるのは、レコーディングに関わる費用が全般的に下がったこと、記録媒体への記録コストが下がったことが一番の理由でしょう。昔はレコーディングすること自体が高コストだったので、必然的にデビューできる人や作品数を絞っていたという事実もあります。なので、結果的に悪いモノは最初の段階でふるいに掛けられ、比較的良質なモノだけが日の目を見ることができる確率が高かったというのも事実の一部としてあります。ふるいに掛けるプロがいたので、思考停止状態でも比較的良質なモノが手に入ったのでしょうね。
今の時代、プロを育成せずに全て世に出して問うている時代になっています。会社の仕事だって、床屋のような専門職だってそうなんです。コンビニに並んでいる新商品だって、一度出しても短命で残らない商品がいかに多いことか。判断しなければいけないのは本来あるべきバイヤーではなくて、消費者になっているんですね。(バイヤーに能がないから百貨店の売り上げが落ちているのは周知の事実です)
業界の中に目利きの出来るプロが必要なのと同時に、我々消費者も、もう少し利口にならないと良い商品に巡り会えず、良い音楽にも巡り会えない、そんな時代なのかもしれません。売れない理由というよりは、限りなく買わない理由なんでしょうね。
Comments
ドラマで流れた音楽を聴くことが流行になり、流された人々がいっせいにCDに群がった時期がありました。その流行が去った今もなお、業界全体が流行を追い求めているような気がしますね。
目利きという点ではFM(この際放送局は問わない)が今も昔もなかなか良いものを持っている気がします。注目する人がそう多くないようですが、、、。
> 目利きという点ではFM
確かに良い曲に目をつけるDJがいるFM局はありますが、FMでヒットした歌=良い歌として、最近は押し込み営業の波がFMにも訪れてしまい、FMでというのも崩れていっているような気がします。
DJが直接ひいきにしている曲というのならまだわかりますが、パワープレイは既に商売の道具ですよ。